幸盛祭

幸盛祭とは

島根県安来市広瀬町で毎年開催されている「幸盛祭」 は、郷土の英雄である戦国武将・山中鹿介幸盛(やまなかしかのすけゆきもり)を偲び、功績を顕彰する伝統行事です。

集合写真の様子

 

由来と歴史

由来 :尼子氏再興のために戦った山中鹿介を郷土の英雄として語り継ぐため、昭和2年(1927 年)から始まったとされています。

歴史 :小学校の教科書に記載された昭和10年代に最も盛況を迎えまし たが、戦時中などに一時 中断。その後、町民の熱意によって再開され、現在まで受け継がれています。

主な内容

例年は9月末に、月山富田城跡(月山周辺)を舞台として開催されます。

 

鹿介ウォーク・幸盛マラソン

歴史資料館前を出発し、月山山頂を目指すウォーキングやマラソン大会が行われます。

 

ゴールの様子1

ゴールの様子2

スタートの様子全体の様子

山頂行事

 月山山頂での黙祷や、地元の子どもたちによる鹿介の生涯を描いた朗読・剣舞、歴史講話などが催されます。 近年は、参加した子どもたちを対象にじゃんけん大会を行っています。

じゃんけん大会の様子

山中鹿介(やまなかしかのすけ幸盛)について

 戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した、出雲国(現在の島根県)の武将です。衰退した 主家・尼子(あまご)氏の再興のために生涯を捧げた

不屈の忠臣 」として知られています。

山中鹿之介の写真

 

1.経歴と「尼子十勇士」

  • 尼子氏の家臣として仕え、優れた武勇から「尼子十勇士」の筆頭に数えられていました。
  • 毛利氏の侵攻によって尼子氏が滅亡した後、主家を再興するため各地の遺臣を集めて挙兵したと言われています。
  • 織田信長や羽柴秀吉(豊臣秀吉)の支援を受けながら何度も毛利氏に挑みたが、最終的には上月城(兵庫県)の戦いで敗れ、捕らえられた後に暗殺されました。

 

2.有名な逸話「願わくば、我に七難八苦を与え給え」

  • 鹿介を最も有名にしたのが、三日月に向かって 「願わくば、我に七難八苦(あらゆる苦難)を与え給え、それを乗り越えて主家を再興せん」 と祈った逸話です。
  • このエピソードは、のちに日本の教科書にも「忠義と不屈の精神の模範」として掲載され、全国に知れ渡ることになります。

 

3.トレードマークの兜

  • 「鹿の角」 の脇立てと、 「三日月」 の前立てをあしらった特徴的な兜を愛用していました。

 

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