
■大型古墳ゾーン 新たなる時代の幕開け 3世紀後半ごろ、争っていた国々はヤマト政権を中心として九州から東北地方までまとまります。その証が格付けされた巨大な墓=古墳です。荒島地域の豪族は、新たなる時代の幕開けを出雲地域の盟主として迎え、その後も中海を見下ろす主陵の丘に大型の古墳を絶えることなく築いています。
大成(おおなり)古墳【国指定】 〜巨大な竪穴式石室〜 古墳時代前期に築かれた1辺60mもある巨大な方墳です。中央に設けられた竪穴式石室は当時の最高級の埋葬施設で排水対策など優れた土木技術で造られていました。 
大成古墳竪穴式石室
造山(つくりやま)古墳群【国指定】 〜全国最大の方墳〜 1号墳は大成古墳と並んで古墳時代前期の100年間において全国で一番大きい方墳です。一辺が60m、高さ5mで、2段になっています。多くの人が動員されて造られたことから、葬られた豪族の権力の大きさがうかがえます。公園内の眺望の広場からは中海や島根半島を一望でき、国引き神話の世界に引き込まれます。
 造山古墳群(左)・1号墳出土銅鏡(右/島根県教育委員会)
仏山古墳 獅噛環頭大刀 その他の古墳 〜連綿と続く首長墓群〜
■弥生王墓ゾーン 幻の日本海交流 邪馬台国の女王卑弥呼が中国の魏に使いを出した頃、出雲・筑紫・吉備・大和・越(北陸)・尾張などの各地に小国家があり、それぞれ独自の文化を持っていました。出雲の王は国のシンボルを銅剣などの青銅器から四隅が突出する墓にしました。この墳墓は越の王たちにまで広がります。王陵の丘の四隅突出墓は幻の日本海交流の証です。
塩津山(しおつやま)墳墓群【国指定】 〜出雲東部最大の四隅突出墓〜 塩津山墳墓群の6・10号墓は県内最大級の四隅突出墓で一辺30m以上、突出部を含めると40mにもなります。出雲市の西谷墳墓群にも大型のものがあり、弥生時代後期には出雲地方の東西に2大勢力があったと考えられます。1号墳はこの地に最初に造られた古墳で、四隅突出墓の特徴を残しています。築造当時の姿に復元された墳丘からは雄大な大山(だいせん)を望むことができます。 
塩津山墳墓群(左)・1号墳特殊円筒土器(右/島根県教育委員会)
仲仙寺(ちゅうせんじ)墳墓群【国指定】 〜四隅突出墓の名を全国に〜
もともと19基からなる墳墓群でしたか、現在では2基の四隅突出墓が保存整備されています。8〜10号器墓は中規模(18m、含突出27m)の四隅突出墓ですが昭和40年代に発見され四隅突出墓の存在を全国に広めました。
9号墓埋葬施設(八雲立つ風土記の丘)
安養寺(あんようじ)墳墓群【消滅】 〜失われた最もうつくしい貼石〜
四隅突出墓2基を中心とする墳墓群で、とくに3号墓は弥生時代に築かれた、1辺級30mの大型の四隅突出墓です。斜面に大きめの板石を貼り、裾周りを2段の石積み取り囲む手の込んだつくりは出雲地域の特徴です。現在、住宅団地の横に貼石の縮小模型が復元されています。 3号墓貼石(八雲立つ風土記の丘)
宮山(みややま)墳墓群【国指定】
〜究極の突出部〜 1号墳(消滅)は全長60mの出雲で2番目に大きい前方後方墳です。古代時代中期に築かれ出雲に前方後方墳が流行する先駆けとなったなった古墳でした。4号墓は弥生時代後期に築かれた中規模(18m、含突出30m)の四隅突出墓です。現在、築造当時姿に復元整備されています。
4号墓突出部(八雲立つ風土記の丘)
■お問い合わせ - 安来市教育委員会 文化課 TEL:0854-23-3315
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