「出雲国風土記」の原文要訳によると、『須佐之男命(スサノオノミコト)が天が下の涯まで国廻をなさった、その時にこの地においでになって「我が心は安らかになった」と仰せられた。故に、この地を安来という』とのことが記述されています。そして、その後に続く記述が、あの猪麻呂伝承なのです。
ところで「出雲国風土記」はすべて漢文で記されているため、「安来」の語源にまつわる部分の出雲国風土記の原文は、実際次のような言葉で残されていました。
「安来郷。郡家東北廿七里一百八十歩。神須佐乃袁命、天壁立廻坐之。
尓時、来坐此処而詔、吾御心者、安平成、詔。故云安来也」
要するに、「安来の郷は神代の昔から平安な地として存在していた」ということを意味し、その平安な地を揺るがす出来事が「猪麻呂伝承」なのではなかったのかとこの表現からは容易に想定することができるのです。