安田小学校 校区マップ

安田小学校 校区マップ

  

  安田要害山

 要害山は島根県と鳥取県の境近くにあり、古くは出雲と伯耆の境ということにもなります。その山頂から周囲を見渡すことができ、戦国時代は月山富田城を防衛するための重要な拠点でした。安田小学校の地域のイベントや学校の遠足でも登山をします。長台寺の脇から登山道があります。

 

  

 手間関

 出雲国風土記に「通道、国ノ東堺、手間ノ刹ニテ通リテ四十一里百八十歩」とあり、出雲と伯耆の国境に古代の関所があったと伝えられています。

 

 

 長台寺

 今から1300年前行基菩薩によって開創されました。8世紀には、聖武天皇の勅願により寺院建立になり隆昌を極めて、その後度々興廃がありました。徳川時代になって母里藩主松平直員により再現され、鬼門除け・長寿祈願道場として寺領を付与されました。現在は比叡山延暦寺末です。本坊の庭には、1300年前の塔(高さ25米位)の心礎があります。それは、尼子時代に福山氏が拠った古城跡です。

 

 手間関

 出雲国風土記に「通道、国ノ東堺、手間ノ刹ニテ通リテ四十一里百八十歩」とあり、出雲と伯耆の国境に。古代に関所があったと伝えられています。

 

  

 安田八幡宮

  奈良時代以前の701年に,大分県の宇佐神宮(全国に4万社あまりある八幡さまの総本宮)から勧請されたという記録が残っており,極めて歴史の深い神社です。鎌倉時代の1192年,源頼朝が出雲地方に八社を選んで八幡宮を勧請した「出雲八社八幡宮」のうちの『第二位の社』とされ,領主武将の信仰がとても篤かったようです。

 

  

 若狭土手

 京極若狭守忠高がたびたび洪水の起きる伯太川の治水のため、1634年堤防を築き、土手に松が植えました。この後、荒田も美田に生まれ代わり、人々の生活の基盤を作りました。また、この土手は母里藩の街道としても大きな役割(特にたたらの運搬)を果たしました。現在は桜並木となっています。

 

 

  田面神社 

 1200年以前から建立されていました。毎年「五穀祭」と呼ばれる祭礼が行われており、できた稲穂をご供米として、境内の井戸から水を汲み、社地に築く2基の釜でご飯をたき、豊作を祈るといった祭典が行われています。この神社の周りには、たくさんの古墳があります。また、弥生式土器も出土しています。

 

 大森神社

 創建は不詳ですが、江戸時代以降の棟札がそろっています。 桜の名所で、子ども達が桜を見にいったり写生会に出かけたりします。

 

 

  長見寺

 昔は天台宗に属し、出雲巡礼の札所であったと伝えられています。安田関の長台寺から長見寺を経て、清水寺に至る間は、巡礼地の本道で、標石像が残存しています。奈良時代に曹洞宗に転属しました。子どもたちは、通学合宿で座禅の体験をさせていただいています。

 

 

 はくたいきいきゾーン

 「いきいきの郷伯太」「医師会病院」「コスモス苑」「伯寿の郷」の4つの保健・福祉施設が集まっています。子供達も、総合的な学習や生活科で交流を行っています。

 

 

 安田交流センター・認定こども園やすだ・児童クラブ・診療所

 小学校の近くに、交流センターやこども園、児童クラブ、診療所があり、安田地区の文化ゾーンになっています。子供たちは、こども園の園児と交流したり、交流センターでクラブ活動や銭太鼓などを教えていただいています。